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8月9月の思い出

 9年前の8月僕はホスピスに通っていました。

 9年前の8月24日、精神科医で「死」を正面から研究し、ホスピスの礎を創ったキューブラー・ロス博士が亡くなりました。
 ちょうどその時期に僕は桜町病院のホスピスに鍼灸治療をしに通っていました。
 今日はその時のお話しです。

 ご存じない方はいらっしゃらないと思いますが、ホスピスとは人生の最期を迎えるにあたり、より人間らしい死を迎えるために出来るだけのことをする医療施設です。日本では『病院で死ぬということ』という本(僕も感銘を受けた本)を書かれた山崎彰郎先生が有名ですが、その先生が所長をされているホスピスに僕は行くことになったのです。

 初めて入るホスピスのなかは外界の喧騒とは全く無縁の静かさと安らぎに満ち溢れ、そこに訪れたものを優しく包み込んでくれる豊潤さを湛えていました。
 「もしかすると天国とはこんなところなのでは」と思えるホスピスで僕は患者さんやご家族の方たち、そこに訪れたご友人の方ともお話しなどを交えながら治療させていただいたのです。

 僕が鍼灸治療にうかがったのはその年の7月に入所された患者さんからの依頼でした。
 その方は入所される以前から僕が治療していた患者さんです。
 ホスピス内は患者さんが希望されれば鍼灸治療でもなんでもOKだとのことで、僕の入室も許可されました。
 役に立っているかどうかは定かではなかったですが、ご本人が鍼を受けると食欲が湧くとか痛みが和らいでよく眠れると言ってくださり、ご家族の方も喜んでくださるので週2回もしくは1回の割合で10月にお亡くなりになる直前の1週間前まで通わせていただきました。

 ホスピスだからといって特別な治療をしたわけではなく、それまでしてきたことを出来る範囲で行うだけです。ただ、いつもしている一つ一つの治療をより大切に行うようになりました。日に日に体力が落ちていくので多くは出来なくなっていくからです。最後は酸素マスクと痛みを取るための点滴やお小水の管がつながれていたので、お腹と手足だけを使って治療したのですが、不思議と顔色がよくなったりするので、応答できなくなっているご本人よりご家族が満足してくださり、これも周りの方の為になっているのかもしれないと自分を励ます材料とさせていただきました。

 何をしても弱っていく患者さんを目の前にするとやはりめげてしまい、辛くなります。ホスピスで治療する事自体がその時が初めてだった僕にとって、終末期の患者さんに相対する体験は決して楽なものではありません。しかし、一人の鍼灸師として貴重な経験となりました

 その後も終末期の患者さんやそのご家族の方たちに依頼されてホスピスや自宅に伺って鍼灸治療を行う機会を与えられています。
 先人の思いや情熱には遠く及びませんが、少しづつ経験を積み重ねることで最近ようやく僕もひとの「病気やケガを治す」ことだけでなく、それより先の目的として鍼灸を考えられるようになってきました。
 キューブラー・ロス医師が言われるように死が終わりでなく、さなぎが蝶になるように形を変えるものなのだとしたら、スムーズに移行できるように力をつけてあげる目的として鍼灸をしてもいいのではないかと思えるようになったのです。

 中国の古い文献にもそのような内容のことが書かれていることを最近知りました。もともと鍼灸はひとの気を高めたり、集めたりすることを目的としています。そうすることでひとが持つ復元力(治癒力)が高まり、病的な状態から身体が回復するわけです。死はそれが出来なくなる状態と解釈していましたが、それは物質の面ばかりにフォーカスした見方であって、実のところ気を高めることで目に見えない精神、魂の面も高められていると考えられないでしょうか。そういう肉体を離れたところも考慮すると今まで思いもよらなかった鍼灸の可能性が見えて来て僕は一人うれしくなっています。

 完全に独りよがりの考え方ですが、思っているだけなら実害はないと思いますのでお許しください。多分キューブラー・ロス先生は笑って許してくれると思います。
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